青森ねぶた2009 Vol.31  〜 シリーズ 昨日[5月30日]のねぶた小屋 vol.24 〜
写真1 午後8時過ぎのラッセランドの夜景。どこの小屋でも、忙しくねぶたの製作が行われていると窺える。
EOS 5D MarkUにて、ISO3200にて手持ち撮影。高感度時のノイズ強制除去設定をし忘れて撮影しても、この鮮やかさは業界一だろう。
  ねぶた製作が始まって初めて三日連続で撮影を休んでしまった。
  連日の撮影、そして編集に続くウェブ掲載という作業を、ひと月に渡って続けてきたために、相当疲れが出て来たようである。皆さんは、ものの1分で見終わってしまう1頁だが、その日撮った写真を外部HDD(ハードディスク)に転送し、ウェブに掲載する写真を選定し、現像、そしてJPEGにリサイズし、軽いレタッチを加えてホームページに移植、文面を書き終えるまでに、どんなに早くても五時間はかかってしまう。本日のように50枚もの写真を掲載した場合には、写真の編集時間だけでも5時間はかかっていたりする。カメラの画素数が2000万を超えているために、現像に要する時間が、更に掛かってしまったのだ。そして弘前と青森との往復に、ドアtoドアで4時間近い所要時間を要しているという現状。これでは精神的にも参ってしまう。
  久しぶりに実家のある弘前の『弘前大学付属病院』に通い、検査を受けた。奇しくも今からウン十年前に私が産声を上げた同じ病院である。担当の女医から『安静』を言い渡され、新緑の公園で半日、ぼうっと過ごした日もあった。八重桜も既に終わり、初夏となった景色と時の流れの速さに、驚かされもした瞬間だった。この間、ねぶたのことだけしか考えていなかった自分にも・・・。

撮影日/平成21年5月30日
Picture Date
May 30, 2009


『に組・東芝』の纏(まとい)
づくりと『ヤマト運輸』の試験点灯






 という事もあって、これからは休み休みページを更新してゆくことにしたいと思っておりますので、どうかご了承下さい。
  さて、私が三連休を楽しんでいた?間に、ねぶた小屋では着々と作業が進んでいた。
  まずは『ヤマト運輸ねぶた実行委員会』の小屋では、紙貼りが一昨日から開始されていた。(写真3〜5)
  豫譲(よじょう)の車輪部分の紙貼りは、骨組みの製作段階から危惧していたように、紙貼りさんにとっては大変な作業となっている様子だ。最上部で紙貼りを続ける新保さんによると、見えない部分の紙貼りが大変だとのこと。北村隆氏がそうなように、長年紙貼りに携わってきた方の平均年齢が高いために、彼女のように危険な箇所を率先して作業を熟す若手の存在はありがたい。最上部の車輪の紙貼りが終わらない限りは、下部の紙貼りもそして面貼りもできないために、連日午後7時過ぎまで残業をこなす彼女の気遣いと心意気にも感動を覚えた。
『青森山田学園』のねぶた小屋では、送りねぶたの面貼りに入っていた。(写真6〜12)
『に組・東芝』の小屋では、火消しが持つ纏(まとい)の母衣(ほろ)部分の製作が佳境を迎えていた。(写真19〜36)

  そしてラスト(写真45〜50)は、『ヤマト運輸ねぶた実行委員会』の『白梅』の試験点灯の様子である。
  ウェブをご覧の皆さんには、なぜにねぶた全体を点灯して確認しないのかとの疑問をお持ちの方も多いだろう。実は、私もそこが一番不思議に思い配線担当の長尾さんに尋ねた所、大型の発電機がなければ、すべての電球の点灯をすることはできないのだそうだ。ねぶた小屋に来ている電線だけでは、一部の電球を順番に点灯しないと、ブレーカーが落ちるとのこと。現実に、私が試験点灯を見せて貰っている間に、一度、ブレーカーが落ちてしまったことがある。
「ねぶた全体には約800個の電球が使われており、それらをすべて点灯するには、一般の住宅三軒分をまかなう電力を発生させる60キロワットの発電機が必要で、その重量は1トンにも及ぶ」と話してくれたの、『に組・東芝』の電気配線を担当する三上さんである。その発電機のリース料も安くないため、5年くらい前までは試験点灯時には用意されていた発電機も今は使われなくなり、ねぶた全体を点灯して眺める最初の日が、7月下旬の台揚げを終えた点灯式の時だとの事。(北村氏の奥さんの談)
  今年、『青森山田学園』のねぶたに使われている電球の数は、看板も入れて850個で、蛍光灯が104本に及ぶと、前出の長尾さんは語ってくれた。なるほど、これほどの数になると、キャンプに持ってゆくような小型の発電機では足りないということだろう。
  しかも、『に組・東芝』にて使われている『エコ電球』は、一個千円近くもするらしい。つまりはねぶた全体に電球だけで80万円の経費がかかっているということになる。勿論、ソケットや蛍光灯、そして配線の料金と取り付け費用は別にである。
  ねぶたとは、実に“金のかかる祭り”なのだ・・・。


写真2 4月には少なかった乗用車も、5月末にはこの活況。駐車スペースもなくなり、苦労して停めている人も多いようだ。
写真3 『ヤマト運輸』の『白梅』も、一昨日から紙貼りが始まった。写真は正面に向かって左に坐す。豫譲(よじょう)の車輪部分の紙貼りの様子。 
写真4 正面に向かって右に坐す、趙襄子(ちょうじょうし)の頭上も紙貼りが進む。
写真5 豫譲(よじょう)の紙貼りを真横から撮影すると、このような有様。見えない部分の紙貼りが大変だとの事。
写真6 こちらは『青森山田学園』の送りねぶたの様子。
写真7 送りねぶたの二つの面貼りも始まった。
写真8 観音様を担当する前田さん。
写真9
写真10 小山内さんは、表の閻魔大王に引き続き、二つ目の面貼りだ。
写真11
写真12
写真13 紙が貼られたねぶた内の様子。
写真14
写真15 黄鬼の紙貼りが終わると、表はすべて終了する。
写真16 青鬼を抱える朝比奈像。
写真17
写真18 閻魔大王が手に持つ観音経は別に作られている。
写真19 こちらは『に組・東芝』のねぶた小屋の様子。この金具は何に使うの??
写真20 私が三日休んでいる間に、火消しの纏(まとい)の母衣(ほろ)部分の製作が始まっていた。
写真21 十数本の母衣(ほろ)は、もちろん写真のように一本一本製作されたものである。
写真22 北村氏の自宅アトリエで作っておいた針金のパーツに、木材を差し込む。
写真23 その木材をしっかりと固定するのが、さきほど『写真19』で登場した金具である。
写真24 母衣の先端は、ステップで止めてゆく。
写真25 一本一本、微妙な角度で曲げられてから取り付けられるのだ。
写真26 さあ、本体へ母衣を取り付けるぞ。
写真27
写真28 ああでもない、こうでもないは日常茶飯事。
写真29 やっと定位置に落ち着き、ビスで固定する。
写真30 次の母衣を持ってこいとの指示が飛ぶ。
写真31 向かって左に坐す不動明には炎のパーツが取り付けられていた。
写真32 水銀灯の明かりが強くなった夕刻のねぶた小屋では、更に母衣の調整が進む。
写真33 母衣は長く、作業に支障が出るために、番号が振られて、切断されている。
写真34 切断された母衣の先端は、壁に掛けられていた。
写真35 作業中に生ビーフンで腹ごしらえ・・・。いえいえ、針金を結ぶ紐を咥えているのです。
写真36 突き出された火消しの右の拳が印象的だ。
写真37 午後五時、『青森山田学園』の小屋では作業が終了した。
観音様の紙貼りも、本日はここまで 。
写真38 だいぶ顔らしくなってきたぞ・・・。
写真39 暮れるアスパムとねぶた小屋。
写真40 『ヤマト運輸』の小屋では、一人、新保さんが残業を続けていた。
紙貼りの中で、一番の努力屋さんであり、本当にねぶたが大好きなのだ。
写真41 午後7時半近く。電気配線を担当する長尾チームが夕食から帰ってきたようだ。これから、試験点灯の準備に入る。
写真42 これだけ配線が多いと、コードの置き場所にも苦労する。
写真43 豫譲(よじょう)に踏みつけられている兵士の腕の部分の配線をしている様子。 
写真44 ねぶた小屋を外から見るとこんな具合。
写真45 午後8時過ぎ 辺りが暗くなってから、試験点灯が始まる。 電灯が点いているか確認するだけならば昼でもできるのだが、
電球のワット数がそれぞれ異なっているために、明るさが均等なのかも確認するために暗くなってから行われるのである。
写真46 ちゃんと点いているのかを、1個1個確認するのだ。
 写真47 写真は豫譲(よじょう)の持つ剣の部分。細長い蛍光灯が入っているために、明るさが違うのだ。
写真48
写真49
写真50 明るさが足りない部分は、ワット数が多い電球に換えて、また明るさを確認するのだ。連日の作業は午後の十時過ぎまで及ぶ。
 
 
 
 
使用カメラ
撮影カメラ
EOS 5D MarkU