さくら サクラ 桜 2009 Vol.1 - 麻生川に咲く桜 vol.1- 〜 見上げれば桜と短冊 〜
 今の季節になると、ふっと木々に眼が行くようになる。
 普段はただ通り過ぎるだけの路地や車窓からの景色の中に、満開となって美しく自己主張を続ける桜の姿をみかけた時である。
「お前は、サクラだったんたね。こんなに美しく咲いて・・・。誰も観ないなんて可哀想だから、せめて俺だけでもじっくり眺めてやるさ」とばかりに見をやるのだ。
有名な桜の名所には、わざわざ時間とお金をかけて人が集うのに対し、道端や他人の庭に咲く1本の桜の下で、その姿をじっくり見つめるという人間は珍しいのかも知れない。
 今は物騒な世の中だから、桜を観賞すると称して、家の様子を窺っているかと思われても気分が悪い。
 となると、観桜に相応しい場所へと足を運び、他人に何やかんや言われる筋合いもなく、一瞬の春を多くの人々と共有するというのも、楽しいのかも知れない。
撮影日/平成21年4月6日
Picture Date
April, 6 2009

どの町にもある桜の名所 1


写真1

  排気ガス等を浄化するということでも知られる桜の木、特にソメイヨシノは、日本全国の筋道や小径、河原などに好んで植樹されてきた。樹木にしては寿命が人間並に短いこの品種は、害虫が発生したり、ちょっとしたことで病気となり壊死したりと、殊の外、手入れには手間がかかる。しかし、そのリスクを差し引いても、人々がこぞって植えたがるのは、満開の姿が、余りにも美しいからではないだろうか。
 染井吉野が日本全国で愛でられるようになったのは、明治政府の神道国教化政策に伴い、『廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)』が起こった時期と重なる。この桜が、日本中の津々浦々の街道に、好まれるままに植林されて行ったのには、潔く咲き、散ることを武士道の象徴とする、明治時代の軍国主義思想が伴っていたためのようだ。植樹をするなら、本来は神社などが場所としては相応しかったのだろうが、仏を捨てると同様に、全国の神社の数も、各市町村がこぞって競うように減らしていったという暗い歴史も存在する。
 本来は負の遺産であった桜並木は、かくして街道や筋道に、現在も多くの人間に愛される風物詩として、多くの人々の手に支えられ、残っているという訳である。
 どこの町にも存在する“隠れ桜の名所”に、4月6日に撮影にでかけてみた。
 川崎市麻生区の麻生川に沿って連なる桜並木は、小田急線『新百合ヶ丘』以降の駅を利用する人間にしてみれば、誰しもが車窓から一度は眼にしたことがあるだろう。
 この時期、線路に沿って続く桜並木は、電車の乗客の視界にも、ひときわ美しく映え、ピンクの帯となって眼に飛び込んでくる。
 私も小田急線を利用していた以前は、必ず眼にした光景であった。
 一度、近くてじっくり眺めてみたいと思ってはいたのだが、実際に最寄り駅の『柿生(かきお)』で下車し、その勇壮な咲き具合を写真に収めたのが2001年の春であったから、実に八年ぶりの再会である。
 日本一の桜の名所とされる弘前城のすぐ側で育った私でさえ、この並木の咲き具合は、美しいと感嘆するだけの迫力を感じさせてくれた。正に、知る人ぞ知る“隠れ名所”なのである。
 枝枝には俳句を書いた短冊が吊され、読むとまた風情があって面白い。
 仰げば短冊を眼にし、更に見上げると満開の桜が、心を包むように出迎えてくれる。
 農耕民族の日本人の血が騒ぐのか、畑仕事の始まりを告げる桜の開花を、私が農作業をする訳でもないのに、どこかで待ち望んでいる節があるのかも知れない。
 撮る度に、なんとすばらしい花なのだろうと、溜息が出てしまうほどに美しい。
『桜とは、本当に不思議な魔力を持った花だなあ・・・』と痛感する度に、いよいよ一年の四分の一が過ぎたという焦りが、でてきてしまうから、更に恐ろしいのだ。

写真2 『ぼんぼりにさくら映して麻生川』
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写真9 『火照る頬おさへて見上ぐ宴桜』

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写真11 短冊が風に揺れて、文字が読めない・・・!
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写真13 今度は何とか読めた!『亡き父母の浄土もかくや花盛り』
写真14
 
使用カメラ
撮影カメラ
EOS Kiss X2 (EOS 450D)