〜特集 津軽の魂U/霊体が息づく津軽 2 〜 川倉賽の河原地蔵尊2/青森県五所川原市
 本日は、昨年の11月29日に公開した『川倉賽の川原地蔵尊』の第二弾をお届けしたい。
 と書いてはみたものの、実は私自身、この場所に関する資料が殆どない状況である。いつもならば、申し訳程度の解説を付けたりもするのだが、此所を訪れた折に、受付事務所から貰ってきた筈の冊子なども、どこかに紛失して見つからない。
 前回のページには、ウェブに掲載しようとすると不思議な現象に見舞われ、編集作業が難航する旨を記したのだが、ならば撮影することも掲載することも避ければ良いのに、それができなかったのが、それこそ不思議なのだ。つまりは、この場所に、私が“引かれる”何かが存在すると思われる。
  青森県には、日本三大霊場の一つとされる『恐山』があり、多くの方が空恐ろしい場所との認識があるようだが、実際に足を運ばれた方の多くが、『確かに寂しさは感じるが、風光明媚であり、思ったほど怖い場所ではない』との印象を持たれるようだ。しかし、この『川倉賽の川原地蔵尊』だけは別格のような気がする。
撮影日/平成17年5月26日
Taking a picture day
May, 26 2005




故人を愛した遺族たちの証





  私の友人に、青森関係のイベントや写真では、日本一の収集量を誇るサイト『すりぶる青い森探訪』管理人の“すりぶる”氏がいるのだが、彼曰く「青森県には恐山以上におどろおどろしい場所があるけど、さすがに“あそこ”だけは撮影に行く気持ちになれない」と言わしめるほど、この『川倉賽の川原地蔵尊』は、奇異な力を放つ霊場なのかも知れない。
 本日掲載した写真を見て頂けると解ると思うが、とにかく尋常ではない。
 堂内ばかりではなく、この『地蔵尊』の境内にはおおよそ2000体もの地蔵が安置され、その一体一体に名前が書き込まれ、おのおの亡き子供達や遺族たちの魂が宿っている。
 捧げられた藁草履(写真4)は、勿論冥土への旅立ちの準備にと、遺族が手向けたものだろう。
 天井から下がるネクタイや衣服(写真5,13)は、まるで天空から人の腕が伸びて、現世の人間を誘っているかのような感覚すらある。例えは悪いが、それは木々に引っかかった遺体にも似ており、旅客機の凄惨な墜落現場に遭遇したような、血が凍りつく妖気と悪寒さえ感じてしまう。
 私がこの場所を訪れた時には、私以外の人や蝋燭などの火気の気配が全くなかったにも関わらず、撮り上がった写真は、まるで線香で曇ったかのような紗がうっすらとかかり、淀んでいるのが解るだろうか。
 この場所に居ると、私は決して一人ではなく、周りに多くの人の気配を感じてしまうというのも、特異な体験に思えた。まるでステージの上から、観客に注視されているような緊張感と興奮が、家電製品を包み込む過剰な発泡スチロールのように私の身体をがんじがらめにして、動くことを許さないのである。素面(しらふ)状態で、金縛りに遭った気分ですらある。

  しかし、だ。
 私の脳裏から、この原風景が、決して離れないのだ。それは、此処に私が求める何かがあるからだろうと感じた。
『川倉賽の川原地蔵尊』は恐ろしいと言う先入観があるから怖くなるのであって、実は一つ一つが遺族の愛情の証であり、そのことを心で受け入れ、改めて見つめる、気持ちの余裕が必要なのではないかと、今では考えるようになっていた。
『君たちは、何かを訴えようとしているんだ・・・』
 そんな言葉を口には出さずに語りかけていると、不思議に私の心も和み、霊障も消えたような気がする。
よし、今度は改めてこの『川倉賽の川原地蔵尊』を訪れ、物語を完成させるための、ちょっと込み入った取材もしてみようと心に誓っていた。何か面妖な力が、私を呼んでいるのである。
 ということで、後日、『川倉賽の川原地蔵尊』を写真に収めたものを撮影し、公開したいと思う。

 出逢いには、偶然はなくすべて必然が世を牛耳っているように、この興味を何かの形で生かすことが私の使命のようにも感じられた。(因みに、今から八年も前に私が書いた“一人称×2”の短編小説が、過去の写真を復刻させている最中に出てきた。ウェブ掲載用に、僅か数時間で書いた物語だが、私自身久しぶりに読み返して、言葉を失っていた。案の定、この文面を公開した当時は、思わぬ反響を呼び、多くの方々から『泣きながら読みました』とメールを頂き恐縮してしまった。この世とあの世を手紙で結ぶ物語だが、興味のある方は一読されてみてはいかがだろうか。決して怖い物語ではないので・・・。 『2001年11月30日公開 / 〜天国の子へ そして現世の母へ〜』
 先日、『2008年[第81回]アカデミー外国語賞(あくまで2008年度の映画ということらしい)』に輝いた『おくりびと』とて、死人を扱った内容であるため、どこに企画を持ち込んでも断られ、唯一出資を決めた『TBS』の制作で世に出され、評価された経緯もあるではないか。派手な展開やアクション、CGに凝った映画ではなく、人々は霊的な癒しを物語に求める時代になったような気がする。
 買い溜め、読み耽った宗教関係や妖怪の書籍が、私の書斎には山ほどある。それと同じ物を、撮影に伺った『ねぶた師』の北村隆氏のアトリエに見つけた時は、本当に驚いた。
「勉強しねば、おっかねくて(怖くて)下絵は描けねんだ」と北村氏はおっしゃっていたが、何事も興味を抱き、とことん調べることが大切なのだ。
 と、最後は結局、『青森ねぶた』の話で終わることになったのだが、次回の『津軽の魂』は、これも隠れた霊場でもある『弘法寺』での映像をお届けしたい。


写真1
写真2
写真3
写真4
 
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使用機材  
撮影カメラ
Canon IXY-DIGITAL400