温暖化なら更に熱い夏にしようぜ!青森ねぶた 26
写真1
撮影日/平成20年8月3日〜6日
Taking a picture day
August, 3rd through
August, 6th, 2008

ねぶた大賞特集 2
〜津軽の偉人、
ねぶた界の巨匠〜

 その夜、あるカメラマンのもとに、一本の電話が入った。電話の相手は、朴訥な津軽弁で、受話器越しにこう告げた。
「ねぶたの顔さ筆入れるがら、明日の朝、四時に来てけろじゃ」
 たったそれだけ言うと、先方は電話を切ったと言う。男の名は北村隆。ねぶたの世界では、その名を知らぬ者はいない、もはや巨匠の域にまで達した、ねぶた制作を請け負う、いわゆる『ねぶた師』である。
 翌朝、伝えられた通り、カメラマンは、『ラッセランド』にあるねぶ小屋へと出かけて行った。小屋の中では、後に本年度の『最優秀制作者賞』と、ねぶた運行の最高の栄誉である『ねぶた大賞』をダブルで受賞する『忠臣 児島高徳と范蠡(ちゅうしん こじまたかのりとはんれい)』が制作中であった。
  ねぶたは既に多くの色入れが行われ、人形ねぶたの命たる顔だけが針金に和紙を貼っただけの白色に覆われていたらしい。
  だが、待てども待てども、北村氏は顔を描く気配がない。氏がようやく書き割りをすべく、顔と向かい合ったのは、午前八時を過ぎた頃であった。

 北村氏の筆捌き(書割)は速い。顔に墨が入ったかと思えば、ささっと一瞬のうちに描ききってしまう。その筆入れのタイミングを見定め、良い位置でシャッターを押すのは、至難の業だったと云う。
  午前の四時に呼び出され、実際に顔に墨が入ったのが、朝の八時過ぎ。「だったら、八時に来れば良いと普通の人なら思うでしょ?でも八時に来たのでは、北村さんは顔に墨を入れる瞬間を撮らせてくれないんですよ。それがねぶた師・北村隆なんです」と、カメラマンは付け加えた。
  私は唸った。正に職人だ。その昔、優秀な大工は、鉋の刃を研ぐ作業にじっくりと時間を使ったと言う。現に私が幼かった頃は、新築の家があれば学校帰りに立ち寄り、大工の刃研ぎが面白く、飽きもせずに見入ったことを思い出す。大工は、研ぎ石の上に水をかけ、鉋の刃を愛でるように撫でて、やがて刃を前後に揺すり研ぎ始める。水は研ぎ石の上で、セメント色や赤石色に濁り、陽光に照らされた刃は、大工の指先で鋭く光る。時折、その刃を鼻先まで突きつけて眺める大工の眼が、ニヤリと歪む瞬間が私は大好きだった。幼心に、“大工って、かっこええや!”と思ったものだ。そんな職人への憧れを、カメラマンの話を聞いた私は、北村氏に感じていた。顔に墨を入れる気構えという心の刃を、北村氏はねぶた小屋で、別の場所に色づけをしながら研いで待った。やっと切っ先が研ぎ上がった瞬間に、鉋で木を削るかのように、ねぶたの顔に墨を入れる。これが北村氏の、ねぶた師としての気構えなのだ。
  小学四年の頃には、既に町内ねぶたの制作に参加し、31歳でプロ化した遅咲きの彼は、現在では想像できないのだが、永らく賞とは無縁だったらしい。今の北村氏のねぶたを観ても解るように、『北村ねぶた』は細工が多く、凹凸も激しい。北村氏本人も言っていたように、細部に拘ったがために、ダイナミックさに欠けていたとのこと。
「北村さんのねぶたって、撮影が難しいんだよね。出っ張りが多いから。去年の千手観音の手が、今年は桜だもんな。ボリュームあるし」とカメラマンも話すように、現在という時代は、北村氏が一番作りたかった繊細でボリュームのあるねぶたが、高い評価を受ける環境へと、変移したとも言える。
「春先に北村さんから電話貰ってさ、桜(の写真)を撮ってくれって云うんだよ。んだから撮って渡したら、こんなねぶたになったって訳なんです」 そんな風に、カメラマンは、更なるエピソードを笑って聞かせてくれた。
  青森の桜の写真が、青森で花咲くねぶたの図柄となって、全国から押し寄せる観光客を楽しませたというのも愉快ではないか。私が桜を撮影してみても、やはり、上野の桜や鎌倉の桜と比べると、青森の染井吉野は房からして、咲き方に差を感じるのだ。北国の桜が格別に美しいのは、寒く長い冬に耐えて、ねぶた祭の時にだけ爆発する、津軽人の気質のようなものが、花の魂に宿っているためではないかと穿った考え方をしてしまう。長く耐えた冬を乗り越え、今、齢(よわい)六十にして、やっと北村隆の本格的な桜が満開になったとも、言えるのではないだろうか。 
 
  今年、北村氏は、『青森山田学園』のねぶたに加え、『ヤマト運輸ねぶた実行委員会』のねぶたも制作した。
  しかし、先だっての文面でも書いたように、『青森山田学園』への忠義を、日本男児(武士)の象徴とされ、そして同校の校章である『桜』で示し、まずは『山田学園』のねぶたを作り終えてから、『ヤマト運輸』の山車に着手したらしい。
「『ヤマト』のねぶたができる二週間前に、既に『山田学園』のねぶたは出来ていたんですよ。おそらく、このラッセランドで一番早く仕上がったのが、この『山田学園』のねぶただと思うな。仕上がった時の桜は、それはもう鮮やかな色でしたよ。正にすばらしかった!今(ねぶた運行が始まった時)は、色も褪せてしまったけれど、いやあ、凄い、現在とは比べものにならない、見事な出来でした!」
 カメラマンとして、そんな瞬間に居合わせた彼の立場が、同じねぶたを撮影する者として、とても羨ましく感じられた。
『人間・北村隆』を、制作から運行まで、特にスナップショットを得意としているこの私が撮ったら、どんな写真に仕上がるのだろうとも考えてもみた。そのためには、北村さん本人の承諾の他にも、現在のカメラマンへの挨拶、そして現実問題としては、青森市内にアパートでも借りて、毎日撮り続けなければならないという難題も含んでいる。しかし、それでも撮ってみたい気持ちは強い。北村さんとて、あと何年、人々を感嘆させる最高位のねぶたを作り続けることができるのか。(ただ単に、制作途中のねぶたを見学したいのであれば、『北村会』に入れば叶うらしいが、やはり徹底的に北村氏を撮りたいという想いが強いのだ!)
  人物撮影で一番大切なことは、被写体に“惚(ほ)れる”ということである。でなければ、撮り続ける意慾が失せてしまう。子供の写真を撮る父親や母親のスナップ写真に力作が多いのは、被写体に対する愛情から来るものだ。私は北村氏に惚れていた・・・。いや、それとは逆に、被写体がカメラマンに対して心を許す、そんな信頼関係ことが、良い写真を産むための第一条件かも知れない。

 それにしても、 口下手でシャイ、それでいて頂上を極めることに人並みならぬ執着と固執を抱く、職人・北村隆は、今や津軽の偉人、そしてねぶた界の巨匠であることは間違いないだろう。

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でも、一気に28枚も掲載するなんて、もはや暴挙だと自分でも思っていますが・・・。


写真2
写真3 正面から見るよりも、頭上から眺めると、そのでかさが一目瞭然だ。
写真4 規定サイズにぎりぎりのボリュームと細工で迫力を演出する。それが現在の各賞を受賞する一つの条件のような気がしている。
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上/写真13                     下/写真14
写真15 青森山田学園のねぶた写真は、明日も続きます。
 
使用機材
撮影カメラ
EOS-1D
使用レンズ
EF16-35mm/EF35-350mm/EF15mmFisheye
スピードライト580EXU/トランジスターパックE(Ni-Cd)