温暖化なら更に熱い夏にしようぜ!青森ねぶた 16
鈴は古くから魔除けの意があり、ねぶたグッズの中でも人気商品である。
撮影日/平成20年8月2日

Taking a picture day
August, 2 2008

化け人(ばけと)
じゃないのよ、売り子なの!

 ねぶたの写真の編集作業が遅れており、本日は“ちょいと一休み”という意味を込めて、たった1枚だけの写真を掲載してみた。
 編集作業をしてみて感じたことだが、今年は2日、3日と続いた台風並みの豪雨のため、シャッターが押せない、ピントが合わない、レンズのマニュアルが効かない、などのカメラの不調もあってか、面白い映像が特に少なく感じる。勿論、私の腕や“よいものを撮るぞ!”という気力の欠如の問題もあるだろうが、体調不良の昨年ほどではないにしろ、それなりに撮れたと感じた2006年に比べると、確実に『不作』と言える年であった。
“絶対に良いものを撮るぞ!”という気力と姿勢は常に大切であり、この“執着心”がないと、“自分で自分を褒めてやりたい!”という自画自賛できる撮影結果に結び付かないところが、スポーツ世界と同じように思える。
  例えば、昨日の『北京オリンピック』にて、これまで決して倒せなかったアメリカを見事踏破し、金メダルを獲得した『日本女子ソフトボール(チーム)』は、この執着心が特別に強かったことが解る。世界一になるには、世界一の努力と集中力が必要なのだ。

 一方の『星野ジャパン』には、『韓国』ほどの強い闘争心は感じられず、ご存知の通りの、残念な結果となってしまった。
 尤も、オリンピック出発前の壮行試合で、『パ・リーグ選抜』には6−4と辛くも逆転勝ちしたものの、『セ・リーグ選抜』には2−11と大敗した『日本代表』チームが、イチローを加えたほぼベストメンバーで立ち向かった『ワールド・ベースボール・クラシックWBC)』にて、予選で『韓国』に二度も負け、『キューバ』に決勝で辛勝したことを考えると、現在のチームで金メダルを獲ることなど、最初から甘い考えだったのかも知れない。かつて闘将と呼ばれた星野仙一監督も、愛妻を亡くしてからは、その目に見える闘争心を消してしまったかのような好好爺ぶりだ。韓国では、『オリンピックアジア予選』にて日本に負けた結果を詳細に研究し、弱点を補強し続けていたようだが、一方の日本には、良い選手さえ揃えれば勝てるとの慢心があったのではないだろうか。4番選手ばかりを集めて勝てるなら、現在の『巨人軍』は、日本シリーズの常連チームになっている筈である。『野球』の結果と同じようなことが、『日本サッカー・男子オリンピック代表』にも言えた。『勝利の女神』は、どちらの男子チームにも不在であったとも考えられる。

 私は『写真の神様』がいると信じている人間だが、『神様』は、強い意志の人間だけにチャンスを与えてくれるようにも思える。その『神様』が、今年は私に対して強い贔屓をしてくれることはなかったとの印象が、この夏の撮影を終えて感じている。
  ねぶた撮影のひと月前から、週に二日、各三時間のジムでの筋力トレーニングと、それとは別に、リュックに20キロもの書籍を入れ背負い、毎日1時間の歩行訓練をし、足にできた豆を完全に潰してから望んだ今回の撮影だが、そのお蔭で、今年は脚に豆はできなかったものの、訓練とは裏腹に、精神活動は“別の所”に意識が行っており、結果的に決して満足のゆく撮影ができなかったことは、非常に残念である。尤も、3日の雨の後、一度使えなくなったカメラが復活した時には、『神様』の存在を更に強く感じさせられはしたが、この幸運で、すべての運気を使い果たしてしまったような気がしないでもない。
  いつか、機材の故障の心配もなく、撮影後、弘前へ帰宅する電車の時刻や、“今、実家で起きている大問題(母親の病気と転院)の憂慮も心遣い”もなく、“ねぶた撮影にだけ集中できる時”を、たとえ数回だけでも、存分に過ごしてみたいものだと思い願った。カメラが死んだ8月4日は、奇しくも母の転院の日だった。車椅子の母が、「今日は疲れたろうから、撮影は休みなさい」と言ってくれたような気がしている。
  私の父が他界したのは、四年前のアテネオリンピックが終わった翌月だった。父の死期を早めた、そして母の病気を悪化させた、父の実娘夫妻には、今も強い憤りを感じている。弘前地裁を介しての、正に骨肉の争いであった。このような事は、本来此処に書くべきではないだろうが、私の頭の中にはこの因縁が、まるで癌にむしばまれた病躯のように巣食っているように思えてならない。忘れよう、忘れようとは思っていても、不治の傷口は疼き、その記憶はさらに脳裏の皺に深く侵食し続け、刻みつけられたままである。いっそ、小説という架空の形にして記述し尽くしたら、どんなに楽だろうとも思っているが・・・。
  そんなこともあり、私にとってオリンピックは、父の命日と禍根と遺恨を指折り数える墓標のような存在となっている。

  最後になったが、本日掲載した写真に関するキャプションを添えたい。
『青森ねぶた』には、ねぶたの山車や跳人と共に練り歩き、不思議な扮装をして観光客を楽しませる『化け人(ばけと)』と呼ばれる人々がいるが、写真に写っているのは、そんな『化け人』ではなく、ねぶたグッズを売り歩くいわゆる『売り子』さんと呼ばれる多くが学生アルバイトの一人である。
 雨模様の2日の夜、ねぶたの撮影に向う途中に、写真右側に写る自動販売機でペットボトルを購入していた売り子さんが、あまりにも楽しそうな扮装をしていたので、思わず「撮らせて下さい」とお願いし、モデルになってもらった。
 私が撮影していると、その様子を観ていた観光客が、「私にも撮らせて下さい!」と数人の順番待ちになるほどに、売り子さんのメイクと様は、際立ち目立つものだった。
 こうして撮らせて貰って、大変失礼な話になるかも知れないが、「(撮っても)良いですよ」との声を聞いて初めて、売り子さんが女性であると知ったのだが、同じ商品を売り歩くのであれば、やはり私なら“絶対に目立って売り上げを伸ばしてやるぞ!”という執着心を強く感じる彼女のような売り子さんから購入したいと思った。
 写真に写る600円の金魚鈴は、ねぶた撮影に訪れる度に、私も一つ欲しいと思っているグッズで、山登りなどの際に、熊除けにも有効な代物だ。最近では、跳人が路上に落として行った鈴を拾うと、幸せになれるとの迷信もあってか、拍手を打つ際に神社で鳴らすように、魔除けの意味合いも加わり、人気は高い。
 こうして、観光客に祭を楽しませ、自らも楽しんでしまう青森市民の力と“日本一の火祭りを盛り上げようとする、その誇りと執着心”に脱帽すると共に、心から敬意を払いたいとも感じている。彼女のような人にこそ、『売り子の神様』が寄り添って、しかりだろう。
  オリンピックでの活躍を観るまでもなく、女性が強い日本って、素敵だとは思いませんか!?


 
使用機材
撮影カメラ
EOS-1D
使用レンズ
EF16-35mm
スピードライト580EXU/トランジスターパックE(Ni-Cd)