※ このページは、2000-2004年まで続いたHP『津軽海渡のデジカメ紀行』に掲載していた写真や文面を、そのまま復刻させたものです。
   リンクは既に繋がっていないものが殆どであるため、その旨御了承下さい。
 
 
本日【2003年6月5日(金曜日)】の1枚の写真は!?
 
 
【青い森の青の季節(とき) 4/ブナの巨木】
 
 
  本日は4枚の写真を掲載いたしました。


  谷地温泉近くのブナ林に、一本の巨木がある。
  多くの写真家がその姿を雑誌などに掲載しているため、御覧になった方も多いだろうが、この辺りでは可也有名な巨木である。樹齢は300年を超えているだろうか・・・。詳しいことは判らないが、『樹木も200年も生きていると、その幹に魂が宿る』とのとある樹医の言葉が印象的である。

  八甲田のブナにとってやっかいなのは、降り積もる雪の重さである。巨木ほど梢の積雪も増え、森には根元から大きく折れたり朽ちた木々が点在している。
  巨木が倒れた後には陽がさしこみ、そこにまた新たなブナの芽が息吹き、林を形成してゆく。これほどの巨木に成長できるのは、芽吹く命の中でも、どれほどの確立なのだろうか。数百万本に一本?いや、動物の卵子に辿り着く数億の精子のうちの一匹が受精するその確立よりも低いかも知れない。雪解けと共に春に芽吹いたブナの妖精たちの多くが一冬で消えうせ、森の天井に若葉を茂らすことができる幹でさえ、数百万分の一ほどの可能性もあるのだろうか。

  ブナ林で構成されている世界遺産の白神の場合もそうだが、ブナ林には不思議と山火事が少ない。
  おそらく雷は絶えず森のどこかに落ちているであろうから、ブナの木は延焼が少ないのではないかと推測される。
  それは木が蓄えている水に起因しているのかも知れない。学校などに植えられているポプラと同じ役割をしているのだろう。
  ポプラの木も水を幹に多分に含んでいて、伐採した折には、幹から水が噴出すほどだと言う。
「木(き)っこ切られて、ポプラが泣いでらじゃ」と、私が通っていた小学校の教師が話していたのを思い出す。改築工事に伴い、校庭内のポプラの木を伐採した折に、教師がその様を見ていて私たち児童に語ってくれた。このときの教師の言葉が今も印象深く頭に残っている。
「いつもは何も言わない木も、切られると痛くて泣くんだな」とずっと信じて育ってきた私だったが、大人になってやっとその言葉の意味が理解できたという訳である。
  多くが災害時の避難場所とされている学校への延焼をポプラの木が防いでくれるため、昭和の頃にはこぞって民家と敷地の境界線に植えられたようである。

  杉や松林とは違い、ブナの林の中に身を置くとほっとするのはなぜだろうかと思う。
  人間も古くから、このブナの木の恩恵を受け、木々の母、そして生命の父として親しんできたからではないだろうかと推測される。
  我々は自らの子孫を残す以上に、こうした木々を大切に守り、後世に伝えて行く義務があるような気がした。
 
  このブナの巨木の紅葉の様子も、昨年の秋に撮影しているので、過去の『一枚の写真』を遡って御覧いただければと思う。↓

【2002年青森の秋 11/夢のような二日間 X 〜一本の木を連写する〜】http://tugaru.cool.ne.jp/newpage021027.htm

〔本日の写真は青森県八甲田山麓にある谷地温泉付近にて撮影〕

撮影日〔2003年5月16日〕

※ 撮影したRAWファイルを『Photoshop』にて現像、JPEGに変換し、リサイズにより掲載。

【写真1】
 
【写真2】
 
【写真3】
 
【写真4】
 
 
使用機材
撮影カメラ
Canon EOS-1D
撮影レンズ
EF15mm Fisheye
その他