※ このページは、2000-2004年まで続いたHP『津軽海渡のデジカメ紀行』に掲載していた写真や文面を、そのまま復刻させたものです。
   リンクは既に繋がっていないものが殆どであるため、その旨御了承下さい。
 
 
本日【2003年6月4日(木曜日)】の1枚の写真は!?
 
 
【青い森の青の季節(とき) 3/輝く若葉 2】
 
 
  本日は6枚の写真を掲載いたしました。


『住まば日の本、遊ばば十和田、歩けや奥入瀬、三里半』と奥入瀬渓流を歩くことを薦め謳ったのが、明治の文人・大町桂月である。
  焼山から始まり十和田湖の子の口に至る奥入瀬渓流の遊歩道(14km/三里半)を大町が初めて歩いたのが、明治41年。その頃はまだこの地は、現在ほど世間には知られていない言わば本州最果てに位置する無名の景勝地であった。

  今回、大町桂月が愛した奥入瀬渓流を、私は4日もかけて歩いてきた。
  正確に言えば、焼山からの全長ではなく、石ケ戸と呼ばれる地点から子の口までの9kmではあったが、新緑の美しさを存分に味わうことができたように思う。
  当初は一日だけの撮影予定であったが、観れば観るほど撮影ポイントが数多く、それらを撮影している間に夕刻になり、明日一日、明日一日と滞在を延ばしているうちに4日も経ってしまったというのが本当のところなのだ。

  森の天井を見上げれば、若葉を透かした緑色の陽光が渓流全体を包み込む。
  特に本日掲載した、ブナ(写真1と3)カツラ(写真6)カエデ(写真2)トチノキ(写真5)サワグルミ(写真4)などに代表される落葉樹の葉が余りにも美しく、カメラを向けては何度も何度も同じような写真を撮影し続けた。
  地面を眺めれば、二輪花の群生し、春の風に花頭を揺らしている。

  土佐で生まれた大町桂月は、この渓流を愛し、この流れに近い蔦温泉に戸籍を移し、現在もこの地の墓に眠っている。
  まだ国立公園に指定されていない交通も道路も宿とて悪条件の只中にあった僻地だったが、彼がなぜこの渓流を愛したのかが、判るような気がした。
 
  新緑の渓流。そして木々に芽吹く若葉の美しさは、ぜひあなた自ら脚を運び、その姿を堪能して欲しいと思う。

〔本日の写真は青森県十和田市にある奥入瀬渓流にて撮影〕

撮影日〔2003年5月21日〜24日〕

※ 撮影したRAWファイルを『Photoshop』にて現像、JPEGに変換し、リサイズにより掲載。

【写真1】
 
【写真2】
 
【写真3】
 
【写真4】
 
【写真5】
 
【写真6】
 
 
使用機材
撮影カメラ
Canon EOS-1D
撮影レンズ
EF100mm MACRO/FE35mm-350mm
その他
PLフィルター使用