※ このページは、2000-2004年まで続いたHP『津軽海渡のデジカメ紀行』に掲載していた写真や文面を、そのまま復刻させたものです。
   リンクは既に繋がっていないものが殆どであるため、その旨御了承下さい。
 
本日【2001年8月19日(日曜日)】の1枚の写真は!?
 
 
【夏祭りの季節15/青森ねぶた9 1台のねぶたを追って】
 
 
 本日は5枚の写真を掲載致しました。

 1台のねぶたをとことん追う。
『青森ねぶたまつり』にて、私は自分が気に入り目星をつけたねぶた2、3台を、『ラッセランド』を出発する時から、実際に運行されるところまで、徹底的に追い廻したりもした。
 そんな中で、特に撮影した枚数が多かったのが、今年の『ねぶた大賞』を貰った『諸葛亮孔明と南蛮王』(JR東日本)である。

 六時五十分の花火の合図と共に、予め低位置に配置されたねぶたは、周回コースを一斉に時計回りでスタートする。
 日没後の黄昏に包まれた夕焼けの赤が微かに残る空の下を、明りが点されたばかりのねぶたがゆっくりと動き出す。
『暮れ六つ時の弘前ねぷた』をアップした時同様に、この時のねぶたが、私は最も美しいと思う。

 ビルとビルの狭間をねり動くねぶたと、今まさに消えようとする夕景とを共にカメラに収めることは、撮影してみると解ると思うが、実はとても難しい。
 地平線にて輝く夕焼けが見えるわけでもない市街地では、空に浮かんだ雲に映る僅かな朱色をとりこむしかない。
 それがかろうじてできた写真が、本日の@枚目と、昨日のD枚目、そして8月7日にアップした写真のみである。

 写真2,3,4,5,を連続して撮影するために、場所をこまめに移動し、迫り来るねぶたと、去り行くねぶたにピントを合わせ、慎重にシャッターを押した。
 何度も書いたが、D7のAF機能は遅く、何度も連続してシャッターを押せない弱みもあり、一度きりのチャンスに神経を集中させた。
 私にキャノンD30や、ニコンD1クラスの一眼レフデジカメがあったのなら、ここで断言したい。
 プロのカメラマンに匹敵する、もっともっと楽しいねぶたの映像を、ぜひ御見せしたい。
 失敗した映像は残像となり、永遠に焼き付けできないネガとして、今も私の脳裏に残っている。

 この時間帯で最も怖いのは、露出の微妙な加減である。
 いくらD7のオート露出機能が優れているからと言っても、空を多く取り込んだ構図と、明暗が激しいねぶたのみの構図とでは、絞りに微妙な加減が生じ、空が暗くなったり、場合によっては逆に飛んでしまう。

 ねぶた運行は約1時間40分ほど続くが、私はこのスタートから僅か数分の間に、この後1時間30分をかけて撮影した枚数と同じ回数のシャッターを押し続けた。
闇の中のねぶたは、私にとってはさほど魅力には思えない。
この黄昏の一瞬を撮影するために、わざわざ弘前から電車に揺られやって来たのだから…。

 戦後間もない頃は、田園の中をねぶたが通る様子を、写真に収めることができたらしい。
今はそのような風景を、青森ねぶたの場合は決して撮れはしないが、自然界だけが持つ美しい何かを、ねぶたと共に収めてみたかった。

 現在の弘前を徘徊する『弘前人形ねぷた』のように、拙かった人形製作の技術は、漫画世代を経て、じつに親しみやすいキャラクターと戯画化された人形へと『青森ねぶた』を進化させた。
1台のねぶたを追ってゆくと、時代の流れと共に、確実に時の流れを肌身で感じるような気がしてくる。

〔本日の写真は青森県青森市内にて撮影〕

撮影日〔2001年8月6日〕

【写真1】 ミノルタ DiMAGE7で、オート(プログラム)撮影。画質/ファイン。
 
【写真2】 ミノルタ DiMAGE7で、オート(プログラム)撮影。画質/ファイン。
 
【写真3】 ミノルタ DiMAGE7で、オート(プログラム)撮影。画質/ファイン。
 
【写真4】 ミノルタ DiMAGE7で、オート(プログラム)撮影。画質/ファイン。
 
 
使用機材
撮影カメラ
MINOLTA DiMAGE7