※ このページは、2000-2004年まで続いたHP『津軽海渡のデジカメ紀行』に掲載していた写真や文面を、そのまま復刻させたものです。
   リンクは既に繋がっていないものが殆どであるため、その旨御了承下さい。
 
本日【2001年8月11日(土曜日)】の1枚の写真は!?
 
 

【夏祭りの季節/青森ねぶた6 縄文人の顔と顔1】

 
 
本日は6枚の写真を掲載致しました。
可也重くなっておりますが、写真が出揃うまで今しばらく御待ち下さい。m(__)m


一つのねぶたを製作するのには、製作費や運行費、維持費などを含め、約二千万もの大金が必要であると言う。
二十年前には、「青森ねぶたには、1台一千万かかる」と聞いて驚いたことがあったが、それもその筈、当時、弘前ねぷたまつりに参加する大型ねぷた1台を出陣させるのに必要な経費は、150万ほどといわれていたからである。

たった6日間の祭のために、ぽんと二千万もの大金を出せる団体や企業は、三十数万の人口が集う青森市であっても、決して多くはないであろう。ましてや、この不況下である。

本日特集するねぶたを出陣させた企業は、やはり日本有数の大企業、天下の三菱社が主体(菱友会)であることが、写真@に写っている人々の、背中のマークからでも解ると思う。
映画に金をかけないから、日本映画には良い映画が出てこないと嘆いている方も多いと思うが、ねぶたの場合もしかりであって、資金が潤沢な企業が作るねぶたは、やはり見栄えが違う。
お金と信用に物言わせ、それだけ優秀なねぶたを造る、所謂『ねぶた師』と呼ばれる職人にねぶたの発注ができるからだ。
そればかりではなく、写真@ABEに写っている、お面のような小道具にも、資金が回される。
揃いの面を付けることで、それぞれのねぶたが持つ『テーマ』に、より沿った運行になり、ねぶたに賞を与える審査にも大きな影響を与えることにも繋がる。
去年、これこれの賞を貰ったねぶたを造った企業ともなれば、青森での評価も高くなり、次の機会にも寄付金が多く集まり、ますます資金にゆとりができてくるという相乗効果を産むのである。
そして何よりも嬉しいことは、ねぶたに参加する人間一人一人に、賞を貰ったねぶたを曳くことで、言い知れぬ矜持を与えてくれるという点であろう。

今年、写真の『青森菱友会』が出陣させた『亀ヶ岡 幻想』というねぶたは、『観光コンベンション・観光協会会長賞』を受賞した。
大型ねぶた二十三台が参加した今年の青森ねぶた祭ではあったが、ねぶた本体に与えられる賞は僅か五つであることを考えると、この名誉は可也大きいとも言える。

『鶴ケ岡』とは、青森県木造町館岡丘陵に所在した縄文時代の文化形体を指すものだが、この鶴ケ岡文化と並び、県内には全国に波紋を投げかけた『三内丸山遺跡』などの、古代文明が数多く存在していたことが確認されている。
現在よりも平均気温が5℃も高かったという当時の青森の気候は、現在の関東地方に匹敵する温和で豊饒な地域であった。
そこに芽生えた縄文文化が、やがて今日の日本を形成して行ったと言っても過言ではあるまい。

まさしく、日本人の起源の地である青森県に産まれたねぶたは、数千年前、縄文人が往来した同じ地を彩り、今ではその末裔らの心を満たし、目を楽しませてもくれている。

〔本日の写真は青森県青森市にて撮影〕

撮影日〔2001年8月6日〕

【写真1】 出陣前にミーティングをする菱友会の面々。その面が、印象的である。
ミノルタ DiMAGE7でオート撮影。画質/ファイン。
 
【写真2】 足袋を履いた男の子。
ミノルタ DiMAGE7でオート撮影。画質/ファイン。
 
【写真3】 青森物産館・アスパム裏にある
『ラッセランド』から出て行くねぶた。
ミノルタ DiMAGE7でオート撮影。画質/ファイン。
 
【写真4】 ミノルタ DiMAGE7でストロボを使用しオート撮影。画質/ファイン。
 
【写真5】 曳き手の指示により、ねぶたは大きく回転を始める。
ねぶたの下で操る人々は必死である。
ミノルタ DiMAGE7でストロボを使用しオート撮影。画質/ファイン。
 
【写真6】 ミノルタ DiMAGE7でストロボを使用しオート撮影。
画質/ファイン。
 
 
使用機材
撮影カメラ
MINOLTA DiMAGE7